あの日を知りし少女

今から少し昔の話。
とある西の町に5人の姉妹が生まれました。
そして、姉妹は町で人のために働き始めました。
決して明るい時代ではなかったけれど、みんな精一杯働きました。
しかし、ある日のこと。
町の空に飛行機が現れ、一つの爆弾を落としていきました。
そして、
その爆弾によって、全ては一瞬にして焼き尽くされてしまったのです。

人も、動物も、機械も、物も、思い出も。
全てはそのたった一つの爆弾により、奪われてしまったのです。

彼女達も例外なく、爆弾により焼かれてしまいました。

しかし、それでも尚、彼女達は蘇ったのです。
被爆電車」として。「あの日を知る歴史の生き証人」として。
あの日奪われた尊き命を背負って蘇ったのです。

そしてその後…

とても残念なことに、最も深い傷を負いながらも蘇った五女は、トラックに追突されるというあまりに呆気ない出来事により、先立ってしまいます。

長女から四女は、年号が変わっても走り続け、三女と四女は、引退を迎えました。

三女は綺麗に手直しされ、車庫で再び動き出せる日を待ち侘びています。
四女はレールを離れ、町の博物館に贈られ、そこに今でも佇んでいます。

長女と次女は、後輩達に押されながらも活躍を続けています。

あの日、原子爆弾によって多くの命が奪われた広島の町。
「651」「652」という車両に出会ったのなら、彼女達に声を掛けてみましょう。
彼女達の鼓動を感じてみましょう。

あの日の記憶、出来事を、語りかけてくれるかもしれません…。。。

■昨日になってしまいましたが、広島原爆投下の日にあたる8月6日制作、「被爆電車」として知られる広島電鉄650形の心+本体のイラストとなります。

あの日、そしてその3日後。
この国に大きな傷を残した米国の咎は、深き烙印となりて消えることはないでしょう。
あの日、この国に刻まれた傷は、これもまた、元に戻ることはないでしょう。

両国が出来ることは一つ。

核という存在に、未来永劫、真摯に向き合って行くことです。

そして、いつかこの世界から、核という存在を消し去って行く。
それに向けて、声を掛け合って行く事。あの日の出来事を語り継いで行く事。

それが、今この時代を生きる者達が出来ること。
やらなければならないこと。

そう感じていた8月6日です。